G.A. 36年、あれから50年が経ち、世界はさらに鈍感になっていた。いくつかのテレビでは「流星の伝説」に基づくドキュメンタリーがミュートで流れていたが、皆アイドルの音楽番組や政界情勢について話すニュース番組を流すテレビに集まっていた。
神国の町は、人々と高層マンションと商業施設で混み合っていた。町に溢れているのはゴミだけではなく、一般市民による武器の所持が禁止されると、軽犯罪が多発するようになった。
神国には、世界でも忙しい町の一つとして知られているヤマトという州があり、表通りは厳重に監視されていた。路地以外は監視カメラだらけだったため、歩道は人々で混み合い、無秩序に歩き回るため渋滞を巻き起こしていた。しびれを切らした運転手たちが、歩行者の安全など気にせず無理やり進もうとすることもあった。
ヤマトは神国の中でもっとも安全な州として知られていたが、「逃げ道」を探す一部の少年達による組織化された犯罪が主な町の暴力行為になっていた。彼らのほとんどは、不景気に苦しむ市民の子供達で、犯罪の常習犯となり、キモノという人気の首都の町を悩ませていた。
人混みのなかに、小型カメラで町中の色々なものの写真を撮っている少年がいた。カメラに貼られたステッカーには「ウエスト・ナザレス高校備品」と書かれている。黒いTシャツに白いシャツを羽織り、ジーンズを履いていて、肌の色は周りの市民のそれとは異なり、ブロンズがかった明るい茶色をしていた。また髪型も変わっており、黒い髪はほぼ刈り込まれていたが、額の右側に少し長い前髪が垂れていた。
メソア国のウルデアにある古い町ナザレスは、この何百年か多様な人々のるつぼとして有名だった。よって、この少年が外国からのツアー客であることは明白だった。
「先に行ってて」と彼は隣に立っていた少女に声をかけた。
「グループで固まっているように言われたじゃない」
反対する声を聞くことなく、彼は残って人々が色々なことをしているのを写真に撮り続けた。
ひとしきり撮り終えて顔を上げると、彼のグループはもう見えなくなっていた。急ぐでもなく、彼はまた写真を撮り始めた。町を歩いているとお腹がすいてきたので、彼はカメラをリュックにしまうと混雑する道を渡った。
ノロノロと進む車の間を通り抜けると、こじんまりした面白そうな飲食店が並んでいた。しかしこういった人気店には歩道にまで列ができていて、注文するのは不可能だった。
「今夜もジャンクフードで済ませることになりそうだな…こんなことならみんなといればよかった」
ヤマ・バーガーという店に入り、「テリヤキチキン、マヨネーズ抜きで一つ」と注文した。そして食事を受け取り会計を済ませると、急いで店を出た。
「ホテルに戻ってみんなと合流しよう。」と来た道を戻りながら思った。
渋滞の中を通ると、怒った運転手たちのクラクションや怒鳴り声が聞こえたが、無視して道を渡りきった。進む先にはサラリーマンや、店の周りでアイスクリームを食べながらはしゃぐ子供たちがいた。
「まるで違う生活だな。なんでメソアには無いんだろう。」
気がつくと日は沈みかけており、ホテルに向かって歩き続けた。
不意に暗い路地が目に止まり、彼は写真を撮るのに完璧だと思った。そこには太陽の光は届いておらず、目の前に現れた光と闇の様子を写真に収めたかった。カメラの電源を入れ、設定を調整した。
カシャッ カシャッ ジーッ
スクリーンに映し出された写真を見て、彼は興奮した。
「この写真、賞が取れるよ!」
そして写真の隅々までチェックしていると、何かが写っていることに気付いた。 「なんだろう、これ。」
それは路地の向こう側の、ほとんど光の届いていない場所に向かって歩いている誰かのシルエットのようだった。
「キャハハハ!!」
突然笑い声が聞こえて、彼は不思議に思った。
「ピエロかな?」とつぶやくと、路地の方へ向かった。
光の方へ急ぐと、リュックを段ボールの山のなかに隠した。路地を進むと、汚れた茶色いマントの下に隠れている白髪の老人に気付いた。
「向こうで何やら揉めてるみたいだ。」と男はしゃがれ声で言った。
「そっちに行く前によく考えたほうがいい。」
「どうも。でもホームレスのアドバイスは聞かないことにしてるんだ。」
「いいだろう、君が戻るまでバッグを見ててやるよ。」と男は目をそらしながら言った。少年は路地の奥を見るために先を急いだ。
声のするほうに向かうと、ゴミ箱の裏に隠れた。角の向こうにマスクをかぶった三人の男がいた。もっとも目立つのが、長身で筋肉質だが腹の出た男で、ムキムキの腕に野球のバットを持っていた。別の男は、頭の先あたりから真っ赤な髪が飛び出していた。精神異常者のようで、狂ったように笑いながらレンガの壁に頭を打ち付けていた。三人目は一番静かで、見るからにリーダーのようだった。サイズ違いの小さい黒いシャツに革のスボンを履き、スパイクのついたベルトをしていた。ベルトには折りたたみ式のナイフが鞘に入って付いていた。
「その女を捕まえろ。」とリーダーが言うと、あとの二人が行き止まりになった路地に追い詰められた少女に向かって動いた。
「卑劣な悪党め。」と少年は信じられない思いで目を細めた。男たちはヤマトの伝統衣装に身を包んだ長い黒髪の少女を追い回そうとしていた。
少年はどうすべきか分からなかったが、外から助けを求めるのは難しそうだった。先ほどの老人も、すでに姿が見えなくなっていた。
「彼の助けは期待できないな。もう見捨てて行きやがった。」
助ける方法を考えたが、自分でなんとかするしかなさそうだった。
彼は壁の角で外れそうになっているレンガを揺すって外そうとしたが、レンガはゴミ箱に落ち、大きな音を立ててしまったため、悪党たちに気付かれた。小さい方の男がひび割れたような声で興奮して笑いだし、長身の男がニヤニヤしながら低い声で言った。「早めの晩飯が来たようだな。」
「ファッティのエビ料理だ!」と小さい男が割り込んだ。
「おいショーティ、こんなやつの前で俺の名前を言うんじゃねぇ。俺には前科があるんだ…まあどうでもいいけどな。」長身の男は自分の腹をポンポンと叩いて、ショーティの背中を引っ叩きながら笑った。少年は恐る恐る叫んだ。「その女の子を置いて消えろ!さもないと…」
「さもないとなんだ?警察でも呼ぶか?」とショーティが叫び返した。リーダーが少年の方へ来て唇をなめた。
「何ができるか見せてみろ。気に入ったらあの女と交換してやるよ。」
少年は怒りで拳を握りしめた。そこにいる全員の間でフラストレーションが高まり始めていることは明らかだった。少女は少年と同年代に見えた。彼女はゆっくりと、路地の壁に沿って彼の方に動こうとした。悪党たちは瞬時に体制を変えたが、彼女は依然囲まれたままだった。
「やめろ!だれも交換なんかしない!」少年は誰かに聞こえることを祈りながら叫んだ。
「こいつを捕まえろ。俺が女を捕まえる。」とリーダーが命じた。だが二人の子分が少年に注意を向ける前に、少年は大胆にもリーダーに向かって全力疾走した。アドレナリンが放出され、彼は空中に飛び上がると、ちょうど振り向いたリーダーの顔面に、硬いパンチを食らわせた。男はよろめいたが、倒れはしなかった。少年は、男のマスクの左側にヒビが入ったのを感じた。また、血がついていることに気付いて指を確認したが、自分の血ではないようだった。
「それで終わりか?」とリーダーは鼻で笑うと、マスクを撫でながら素早く体制を立て直した。息が荒くなった少年の拳からは血が滴っていた。彼はリーダーが攻撃から回復したのをみて、さらに緊張していた。
「俺が嫌いなものが何かわかるか?俺は子供が大嫌いなんだよ。特に余計なことに首を突っ込んでくる子供がな。弱いくせにヒーロー気取りな子供も嫌いだ。それから-」
「お前が何を嫌いかなんて関係ない!」と少年は遮った。「彼女を離さないと、痛い目を見るぞ!」
一瞬の沈黙のあと、三人の悪党は大声で笑いだした。そして数秒後、リーダーが言った。
「おしゃべりは終わりだ。こいつを捕まえろ!」
少年は、彼らを少女から遠ざけるために、わざと通りとは反対側に動くと叫んだ。
「逃げろ!」
少年の身の危険と引き換えに、少女は逃げることに成功した。
必死の思いで、少年はリーダーに向かって突進し、再度攻撃を試みた。しかし二発目のパンチが届く前に、ファッティがバットで後ろから殴りかかった。
「いい気味だぜ。」
少年はファッティを蹴飛ばそうと振り向いたが、怖がらせることはできなかった。リーダーがナイフに手を伸ばした。側で見ていた少女が少年に警告しようとしたが、すでに手遅れだった。すぐさま、少年は刺された。少女の顔はショックが浮かび、リーダーが少年の肋骨の左下からゆっくりとナイフを引き抜くのを見ながら、悪党たちはクスクスと笑った。
少年の目は大きく見開かれ、耐えられない痛みが彼を襲った。ファッティが少年の口を手で塞いだ。少年はその指の隙間から叫ぼうとしたが、力を入れるたびに痛みが苦痛へと変わった。少年の体が弱っていくのを、悪党たちは喜んでいた。やがて、少年は自力で立っていられなくなり、子分の二人は彼の腕を掴むと、少女をからかった。リーダーが血の付いたナイフで少年の頬を伝う涙を拭うと、少女は怒りに震えた。少女は一歩踏み出しながら叫んだ。
「この豚野郎!」
「もう一歩進んでみろ。こいつを殺すぞ。」
リーダーは怒鳴ると、ナイフを見せつけ、素早く少年の首に向けた。
ショーティは少年の腕を、腰につけていたロープでバットに縛り付けた。バットの真ん中を片手で持って少年を持ち上げ、地面に足がつかないようにフックにぶら下げた。少年はショーティがクスクスと笑いながらブラスナックルをはめるのを見ながら、これから彼を襲うさらなる痛みに身構えた。ショーティは自分の拳にキスすると、少年の腹を連打し始めた。狂ったように笑いながら、少年が気を失うまで何度も少年を殴りつけた。
「スパイクに触って無事ですむやつはいないぜ。」
少年の目が閉じていくのを見ながら言った。
「誰もな。」
少年は意識を失いながら、悪党たちが少女の方を向き、そのシルエットが遠ざかっていくのを見ていた。視界はぼやけ、周りの音が聞こえなくなり、そしてすべの感覚がなくなった。
次の瞬間、彼は恐怖とともに目を覚ました。慌てて周りを見回したが、そこは暗い裏通りではなく、ホテルのロビーの、革張りのソファーの上だった。
「こんにちは、一匹狼さん。イスカリオットよね?」と、ホテルの制服を着た女性が話しかけた。イスカリオットは頷いた。
「君を探してる人たちがいたわよ。」
少年はそれを聞いて固まると、自分に一体何が起こったのか思い出そうとした。
「僕、どれくらいここにいました?誰が探してたか分かりますか?」と混乱しながら女性に聞いた。
「一晩中ってところね。私が出勤した頃からずっとそこで寝てて、外国の学校の子供たちがあなたのこと探してたわよ。」
イスカリオットは自分のグループが今日の午後エアバスで出発することをあやうく忘れるところだった。自分のリュックを見つけると、手に取ってホテルの出口へ向かった。途中で立ち止まり自分の体を見回してみたが、切り傷やあざは見つからず、服にも血がついたり切れたりはしていなかった。
「変だな、本当にあったことのように感じるんだけど…あ、バスが来てる!」
急いでバスに飛び乗り、席についた。不思議に思ってリュックを引っかき回してカメラを見つけると、写真を確認した。しかし、昨日通ったはずの暗い裏通りの写真は見つからなかった。
(こんなことって…夢にしてはリアルすぎる)
「おい、今度はグループから離れるなよ。」と通路から男性が声をかけた。
またイスカリオットがいなくなったりしたら、全員で飛行機に乗り遅れることになることを、二人とも分かっていた。
「どこにも行きませんよ。」
イスカリオットはため息混じりに答えた。彼は後悔と安堵を同時に感じていた。あのすごい一撃は存在したかったわけだが、おぞましい経験もただの夢だったようだ。幸運なことに、少年は暴力事件の被害者ではなかったということになる。シートに深く座ると、イスカリオットはヘッドホンをつけて、ロックを大音量で聴き始めた。
「ウルデアの生徒の皆さん、おはようございます。」バスの運転手のアナウンスが流れた。
「ヤマトでの観光を楽しまれたかと思います。これからバスはヤマト国際空港に向かい、皆さんはメソアのウルデアに帰国します。」
電光掲示板に[ヤマト国際空港行き]と表示され、バスは動き出した。
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